── 弓塚さつきトゥルーエンド ── (嘘)

我ながら間抜けな状況だと思う。
助けてやると。偉そうに言っておいて。
見当違いな振舞いを繰り返した挙句。
助けてやる筈の相手に身動き出来ない程ズタズタにされて。
こうして深夜の路地裏に転がっているなんて状況は。─────しかも。
当の弓塚さつきは。この、目の前にいる可哀想な同級生は。
望みもしなかった吸血鬼なんてモノにされてしまった彼女は。
ココロとカラダの痛みに苦しんで。我が身をかき抱いて。
何一つ救われちゃいない。今も志貴君助けてって。必死に叫んでいるのに。
何て無力な。───自分の無力さ加減に愛想が尽きて死にたくなる。
死ぬ気になったのなら。
───なんだ。一つだけ出来る事があるじゃないか。
「弓塚。」
「志───貴君?」
「苦しいんだろ?───なら。俺の血を吸え。」
「えっ………?志───貴君……。いいの?」
「お前を助けるために出来る限りの事はするって約束したのに。
 情けない事に、もう俺にはこれしか出来る事は残されていない。なら。
 そうするしか、ないじゃないか。」
「志貴……君」
「ただ────最後に一つだけ────望みがあるんだ。」
「う……ん。────なあに?」
「俺が───────完全にお前の側の存在になってしまう前に。
 まだ───吸血鬼でなく────人間の────遠野志貴でいる間に。
 ───────弓塚。お前を抱きたい。」

「えっ────?」
全身を蹂躙するココロとカラダの痛みも一瞬忘れたかのように。
弓塚はぽかんとこちらを見つめている。
自分の言葉に驚いているのは。────俺自身も同じだった。
何を───何を言ってるんだ俺は────。
この期に及んで、まだ卑怯未練にも時間稼ぎをしようというのか?

「あっ………。」
弓塚の目が俺の一点を凝視し、見る間に夜目にも判るほど顔が赤らんでいく。
何ということだ。俺のそれは既にスラックスを突き破らんばかりに、
怒張してしまっている。
「本────気なんだね。────志貴君。───私……嬉しい。」
興奮しているのか、弓塚は本当に痛みを忘れてしまったかのようだ。
震える指で、俺のベルトをカチャカチャと外し、ジッパ─を引き下ろし、
俺自身を露出させていく。
「凄い。────これが。────志貴君の………。」
愛おしそうに、しかし馴れない手付で弓塚は俺を両手で包み込み、
ゆっくりと揉み拉く。おずおずと唇を寄せてくる。

────何で俺は。
何で俺は欲情しているのか。弓塚に欲情しているのか。好きだからなのか。
本当に好きなんだろうか?────何度目かの自問自答。
好きでないというなら。何で俺はこいつをあんなに心配し、危険も省みず探し回り。
揚げ句。こんな羽目に陥っているのか。────出口の無い、自問自答。

弓塚は、一心不乱に両手と口で俺を愛撫し続けている。
弓塚の唾液と。俺の腺液で。それは闇の中でテラテラと光っている。

なら。さっき弓塚に覚えた衝動は何だ。あれは殺人衝動ではないのか。
ただ怖かったからなのか。いや。弓塚の血と闘っていた時のアレは───違う。
あの。金髪の女に遭った時も────。
いや。分っていた筈だ。俺はあの時欲情していた筈だ。
俺は。ハ─ルマンやチカチ─ロみたいな、只の快楽殺人者なのか。
弓塚のいうように。殺人鬼を内に秘めているというのか。
それとも破壊衝動と性欲は一体のものなのか?────判らない。
俺は心理学者じゃない。───出口の無い、思考。

弓塚は俺を愛撫し続けている。一途に想い続けた俺を。俺の分身を。
こうしている悦びが。────伝わって来る。────
────愛おしいと思った。もう堂々巡りの考えはやめようと思った。
俺は今、心からこいつが欲しいと思っている。それだけで充分だろう。
弓塚の頭をそっと撫でる。弓塚がふっと目線を上げ。まともに目が合う。
途端。弓塚は真っ赤になり、慌てて目を伏せる。────可愛い。
こちらまでどぎまぎしてしまう。───俺の硬度と容積が。更に増した。
「んふっ!!」
弓塚は咳き込みそうになったが、それでも離そうとはしない。
俺の反応が嬉しい、とでもいうように。
「弓塚。…………俺、もう体力が限界で。まともには動けないから…………。
 その。────悪いけど、お前が上に…………。」
「う────うん。」

ようやく弓塚は俺を解放し、立ち上がってパンティ─を下ろす。
すぐにスカ─トで隠れてしまったが、一瞬見たそれは。殆ど無毛に近くて。
形も色も奇麗だった。可憐────という単語が頭に浮かぶ。
弓塚は既に膝まで流れ出してくるほど濡れていた。
その事を指摘して、言葉で嬲ってやろうかとも思ったが。────やめた。
何より、俺がもう待ち切れない。

弓塚は俺に手を添え自身にあてがうと、ゆっくりと腰を降ろして来た。
弓塚の入口は狭かったが、充分に潤っていたためか割合スム─ズに
飲み込まれていく。プツッと何かを突き破る感触があった。
「───────!!」
弓塚は苦痛に顔を歪め、一瞬躊躇したがすぐに体重を俺に預けた。
全身が飲み込まれた。弓塚の入口は相変わらず俺の根本をきつく
締め付けてくるが、内部は寧ろ柔らかく包み込んでくる感じだった。
今迄に味わった事のない感触。自分でするのとは全く違う。
全身を隙間なくピッチリと柔らかい肉で包み込まれる。
襞が一つ一つ独立した生き物のように蠕動し絡み付いてくる。
想像を遥かに超える快感。
「ぐぅっっっっ!!」
思わず声が洩れる。歯を食縛って肛門と両足の指に力を込めて耐える。

弓塚は躊躇いがちに腰を上下させている。体液と共に血が。
俺を伝い落ちていく。まだ弓塚は快感より苦痛が勝っているようだ。
二筋、涙が弓塚の目から零れ落ちる。
「弓塚。………痛いのなら……。無理をするな。」
「ん。────平気。────私。苦痛には馴れちゃったから。
 ────だからこれくらい。───平気………。」
無理に明るく言おうとしている。心が痛い。いたい。イタイ。
せめて。肉の快楽で。弓塚の痛みを忘れさせてやりたい。
ベストをたくし上げ、ブラウスのボタンを、ブラのフロントホックを外す。
弓塚は抵抗しない。俺を味わう事に専念している。
予想以上にボリュ─ムのある胸が露になる。
小さめの乳暈と既に硬く勃起した乳首は殆ど肌の色と差が無いほど
色素が薄い。また、可憐。という単語が頭に浮かぶ。

左手の親指でそっと弓塚の左の乳首に触れてみる。
「はンッ!!────」
それだけで弓塚の両手から力が抜け、俺の方に倒れ掛かってきそうになる。
右手で弓塚の乳房全体を優しく揉み、乳首を口に含む。
「あぅ。─────!!」
「弓塚…………。動きを止めないで。」
「は────はい…………。」
健気に弓塚は腰の動きを再開する。
俺は弓塚の乳首を舌で転がしたまま、弓塚の脇腹を。背中を。太股を。
首筋を。耳を。出来るだけ優しく。いたわる様に愛撫する。
その度に、弓塚は全身を震わせながらも、懸命に腰を動かし。
いや。次第に全身の苦痛を忘れ去る程の快感に掴まれて、
もう止められなくなっているらしい。
止めどなく。形のいい唇から、可愛らしい喘ぎ声を溢れさせて。
弓塚の内部も。潤いを増して、さっきよりずっとスム─ズに動く。
「はあっ。───はあっ………。し、志貴君!私、ヘンになっちゃう!
 ヘンになっちゃうよぉ!!────。」
云いながら。弓塚は絶頂の一歩手前で足止めを喰らって、もどかしく
必死で腰を俺に打ち付けている感じだ。いじらしい。
ならば。
俺はなけなしの体力を振り絞って、弓塚の動きに合わせて腰を突き上げる。
「ああっ!!────」
初めての────二人の共同作業。同じ目的に向けての…………。
「ああ……。────志貴君!────志貴君…………!」
心地よい歌のように。繰り返される俺の名前。いつまでも聞いていたいと思う。
このまま。永遠に続いてくれたら。叶わぬ望み。

────無情にも。二人の時間の。終幕が近づきつつあった。
「ゆ───弓塚…………。お───俺、もう………。」
「わ────私も。────志貴君、来て!───来て………!
 私の中に出して!!────私、───私、────
 志貴君の子供が産みたかった。─────」
言って。弓塚の両目からぶわっと涙が溢れる。過去形の願望。────
もう決して叶う事のない。────何て。────悲しい絶頂。
「──────!!」
それは液体というより、無数のゼラチンの塊のように。強引に。
尿道を押し広げながら、放出されていく。───イタイ程の快感。
弓塚のそれは、まるでジュウジュウと音をたてて吸い上げるように。
貪欲に俺の最後の一滴まで絞り尽くそうとしている。

とさりと。全身の力を抜いて、弓塚が俺の上に倒れ込む。
息があがる。頭の中が真っ白になって、しばらく何も考えられず、
ぼうとしていた。
それも長くは続かなかった。余韻が冷めると共にまた弓塚が苦しみ始めた。
ごふ。と。俺の胸の上に吐血する。
「は────。はあっ………。くっ………。」
「弓塚…………。もう俺には思い残す事はない。早く俺の血を吸え。」
「ほ────本当に────いいの?────志貴君…………。」
「ああ。」
俺のものは。やや硬度を失いながらも、まだ弓塚の中に収まっている。
こんな状態で、人間としての遠野志貴の最後を受け入れるのも悪くはない。
そう、本気で思った。
躊躇いがちに。しかし、最後の望みにすがるように確実に。
弓塚は俺の首筋に唇を寄せ、歯を突き立てる。血を吸われる感触。それすらも。
後戯のように────気持ち良く感じられた。

秋───葉。

唐突にその名が浮かんだ。

自分さえ騙せない嘘はついても意味が無い。

思い残す事がないなんて嘘だ。たった一人の俺の妹。
殆ど無意識に。機械的に。俺は眼鏡を外し。ポケットからナイフを取り出し。
弓塚の胸に見える「線」を とつ、と裂く。
「あ────。」
我に返る。
「志────貴───君。な────ん───で?」
弓塚がもう人間でない事なんて。言い訳にもならない。最悪の裏切り────。
「すまない。弓塚────。俺は────無力で最低な人間だ。」
視界がぼやける。
「志───貴───君───泣いて───るの───わた───しの───為に」
「俺────は…………。」
急速に俺にかかっていた弓塚の体重が消滅していく。
「いいの…………。やっぱり優しいんだね…………。私────幸せだったよ。
 ありがとう…………。そして────ごめんね。」
弓塚の身体も。服も靴も。残り香さえも。剥き出しの俺の下半身にも痕跡さえ残さず。
完全に消失した。もう、どこにも弓塚はいない。
そんな体力は残って無い筈なのに。よろよろと立ち上がり────。服を整える。

なんで。
なんで恨み言の一つも言わず。お礼まで言うんだ。お前は。
なんで。
なんでお前が謝るんだよ。
結局何もしてやれなかった。消滅させてやる事があいつの為だったんだなんて。
到底俺には思う事は出来ない。助けてやるって言ったのに。
止めどなく涙が溢れる。何の為に。誰の為に泣いているのか。意味さえも判らず。

なんで。
なんで、最後に秋葉の名前が浮かんで、弓塚を裏切ったんだろう。
8年も放っておいた罪悪感から。たった一人残った兄の俺が消えては悲しむだろうから。
あの広い屋敷に一人残していってしまう訳にはいかないから。
きっと帰って来て下さいねと。そう言っていたあいつの儚げな顔が脳裏から───

全部。───嘘。

自分サエ騙セナイ嘘ハツイテモ意味ガ無イ。

違う。そんなんじゃない。
女の身体を知ってしまって、この世に未練が出来たのか。それも───違う。

俺は………………。
「妹」の秋葉と弓塚を「異性として」天秤にかけ。────秋葉を選んだんだ。
俺は。8年振りに会って別人の様に美しく成長したあいつに驚いた、あの時から。
あいつを「妹」としてではなく「女」として意識し始めてしまったんだ。

ジブンサエダマセナイウソハツイテモイミガナイ。

それさえも嘘だ。俺は────もっとずっとずっと以前からあいつを────
そんな目で見ていたんじゃなかったのか。

耐えきれず。
頭を抱え込み、前のめりに倒れる。
吐き気を催す程の自己嫌悪で気が狂いそうになる。
弓塚。俺はお前に感謝されるような人間じゃない。謝ってもらう資格なんてないんだ。

結局。狂う事も。今更死ぬ事も出来ず。俺はのっそりと起き上がる。
そんなムシのいい逃げ道はどこにも残されていない。
ならせめて。一生弓塚の事を背負って生きていこう。決して消える事の無い罪として。
償えるのかどうかなんて、分らないけれど。
せめて。秋葉への想いは一生俺の胸の内だけに秘めて生きていこう。どんなに辛くても。
そんな事が────弓塚への償いになるなんて、とても思えないけれど。

秋葉にどんな顔をして会ったらいいのか分らない。それでも。
俺の還る場所は、あの屋敷しかないんだ。

ゆっくりと歩き出す。もう明け方近かった。ふと見上げると────。
まだ西の空に淡く残った月が。全てを見透かすかのように。
俺を見つめていた。

                                      FIN



知得留先生の授業はありません。(^^;